やってしまいました。
やってしまいました。めったにしないんですが、衝動買い。
電子ピアノを衝動買いしてしまいました。キーボードじゃありませんよ、電子ピアノです。鍵盤は本物のピアノのように重たくてちゃんと88鍵あります。
今は昔、私が幼稚園生だった頃、近所のお友達でピアノを習っている子がいました。「私もやりたいっ」と興味深深に親に頼み込み、ピアノのレッスンに通いました。
通い始めたばかりの頃、ピアノの先生はうまく弾けない私の手を叩きました。「だめ、そうじゃないでしょう!」
隊長の部下、その時点で脱落。やめました。笑。
それから6年以上が経ちました。小学校6年生の時、卒業式と同時に謝恩会というのをやらなければなりませんでした。体育館の壇上にみんなで上がって父兄の前で「お歌」を歌うのです。嗚呼、バカらしい! 歌は気分のいい時に歌うもので、強制されて歌うものじゃないっ! と思っていました。
なんとしても、人の指示で歌を歌いたくなかった私。謝恩会の練習が始まる頃、先生が「じゃぁ、伴奏やってくれる人~?」と聞いた時、「は~い」と手を上げた隊長の部下。
はい、そこから地獄の特訓が始まりました。
まず、楽譜が読めない。私が脱落した幼稚園の頃から頑張ってピアノを習い続けているお友達に楽譜の読み方を教わりました。でも、指が動かない。お友達にどのキーをどの指でおさえて弾くのか聞きいて、目をつぶっても弾けるようになるまで練習しました。放課後や昼休みに一生懸命練習をして頑張りました。
でも、やっぱり家でも練習したい。やさしい母は私に電子ピアノを買ってくれました。(本物のピアノは高価な上、古い家の床が抜けてしまう(?!)かもしれないとの配慮からです。笑)それも手伝って私はなんとか謝恩会で伴奏をやり遂げることができました。
さて、中学生になって手持ち無沙汰になってしまった電子ピアノ。…いいえ、そんな事はありませんでした。中学生の同級生にピアノの上手な子がいて沢山教えてもらいました。ついでにクラシック音楽のも沢山ダビングしてくれました。中学3年生になるまでに、めちゃくちゃな弾き方でしたが独学でショパンやドビュッシー、ラベルの真似事ができる位に弾けるようになりました。
それから28歳まで、その電子ピアノを引越しの度に一緒に持っていきました。さすがに16年以上も経つと、ピアノの鍵盤が壊れました。まさに、弾き潰した、という感じです。
弾き潰してから2年鍵盤を触っていませんからきっと今は指が動いてくれないでしょう。練習が染み付いた指も、鍵盤に触らなければ忘れてしまうと思い、衝動買いしてしまいました。昔弾けた曲を、くやしい、弾けない、と思いたくないです。1も2も判らず、ただカセットテープを聞いて楽譜とにらめっこしながら弾けるようになった曲を、そう簡単には忘れたくありません。そう思う位、手探りで時間のかかる練習をしてきました。
ピアノが届いたら、M. Ravel(ラベル)のMenuet Antique(古風なるメヌエット)を無性に弾きたいです。
是非、Samson Francoisとう人が演奏する古風なるメヌエットを聴いてみて下さい。彼はアル中で命を失ったと言われているピアニストです。録音の取り直しをせず、一心不乱に一曲を一気に仕上げる戦後稀な芸術家肌のピアニストです。
隊長は私がバイオリンを弾き始めるとベランダに逃げます。ピアノが来たら、どうするかな。やっぱり逃げるかなぁ、なんて思ったりしています。ちなみに私は、カラオケが大好きな宴会やさんな大人になっています。